小さな芽を育てる考える学習 個別指導学習塾

 

宮地ゼミナール

 

中学受験・高校受験・内部進学・小中高補習

「教科書が読めない子どもたち」(2024年2月)

 

1 「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」

 

2024年1月教材会社主催の講演会で新井紀子氏の話を伺いました。新井紀子氏はAIが大学入試問題が解けるかを試み「リーディング・スキル・テスト」を生み出した数学者で、「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」の著者です。私の担当する生徒たちが「なぜ成績が良くなるのか」そして「卒業してからも伸び続けるのか」の理由を新井氏の講演から確証することができました。そこで早速「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」を読むことにしました。

 

2 文を理解していない=教科書が読めない

 

およそ半世紀、学習塾で子どもたちと向き合ってきました。そこで気づいたことは国語にしろ算数・数学にしろ他の教科にしろ、文章を読んでもその意味を正確にとらえていない子が多いということでした。私が感じる限り「意味をとらえようとしない」と言った方がいいかもしれません。

 

そこで、声を出しても他の生徒に迷惑のかからない1対1の個人授業ですから、問題を解くとき必ず音読をすることをだいぶ前から始めたのです。国語の長文はもちろん、算数・数学の文章題、英語の教科書や長文問題、社会・理科の問題すべてです。それだけでなく問題文に対する「問いの文」も読みます。

 

中には音読が面倒で嫌がる生徒がいます。そういうときは1段落ずつ私と生徒と交代で読んだり、少しだけ生徒に読ませてあとは私が読んだり、長い文章は避けたりして生徒が嫌がらないように気をつけます。

 

そしてここが大事なのですが、どんなに間違えようとまたどんなにスピードが遅かろうと決して怒ったり良し悪しの判断はしないことです。普通に読める子は間違いを指摘し読み直しさせますが、音読が嫌いな子や面倒に感じる子には間違ってもぐっとこらえてそのまま読ませるのです。あまりに間違いが多い場合、いちいち指摘していたら読むのが嫌になってがんと受け付けなくなります。これを繰り返していくと文章を音読するのが普通(習慣)になっていきます。読み間違いが少なくなった段階で読みを訂正させていけばいいのです。

 

音読が嫌いだったり面倒に感じる生徒に音読させると、初めは小さな声だったり、慣れてくると変な声を出して読んだりします。それでもこちらが腹を立てずに、音読をくりかしていくと不思議なことに普通に読めるようになっていきます。

 

特徴的な読み間違いのパターンは以下のようなものです。

・「は」「が」「を」「の」「に」などの助詞を間違って読み進む。

・書かれている言葉を自分でも気づかずに知っている言葉に変えて読む。

・漢字や慣用句、ことわざなどが読めない知らない。

 

新井氏の著書に出てくるようによく間違える漢字の読みは、「用いる」→「よういる」、「生じる」→「なまじる」などで読み仮名問題では「原因」を「げいいん」と書くのも複数見ましたし、芭蕉の俳句「古池や」を「こいけや」と読む生徒も複数いました。もう20年以上前の生徒の一人はお笑いタレントの本を嬉しそうに持って来て自慢するので、読んでごらんと言ったらすべて漢字を抜かして読んでいました。

 

助詞を間違えて読み進む生徒というのは、意味をとりながら読んでいないというのがわかります。こういう読み方の習慣を持っている生徒にどれだけ宿題を多く出しても結局はその読み方を繰り返すだけで間違いに気づきませんし、かえってその悪い習慣を強化してしまいます。

 

ではどうしたら意味を取って正確に読めるようになるのでしょうか。

 

3 国語の点数が上がらない

 

早口で何を言っているかわからない生徒がいます。ノートの隅に小さい字で計算をして終わったらすぐ消す生徒も多いです。図をノートに描かずに補助線などを教科書やテキストに書く生徒がほとんどです。薄い字で小さく書いたり、反対に濃い字でノートのマス目や線を無視して何が書いてあるかもわからない字を書く生徒もいます。これらはすべて習慣だと考えます。今までそのようにして育って来たのです。読むことも同じで今までそのように読んできたのです。

 

中学受験大手の進学塾に通っている生徒で国語の成績が上がらないから見てほしいと依頼されることがあります。その中の多くの生徒はテストの点数を上げることに必死で問題文を読まずに問いだけを見て答えを追いかけているのに気づきます。習慣になっているのです。そして毎日多くの宿題をこなさなければならず、時間をかけて意味をとりながら読んでいては終わらない。多くの宿題をこなすためまるで悪い習慣を強化しているかのようです。他の学習塾の先生は「進学塾でつぶれるんだよな」と嘆いていました。

 

昨年、埼玉医科大学医学科に合格した生徒は本が大好きな秀才でした。宿題も多くは出していません。自分の好きなことやりつつ、睡眠時間も十分にとりつつ、問題集など2周3周してしまう生徒でした。もう一人の生徒は数学の難解な発展編問題集をミスなく正確に早く解いてしまう天才タイプでした。普段はスポーツをしていて学習時間はほとんど取っていなかったのではないでしょうか。一度聞いたことは記憶に残ると言います。

 

中学受験大手の進学塾の多量の宿題をこなしていけるのはこういった上位の生徒たちです。その授業や宿題に追いついていけない生徒は、深く考えずにパターンで解いていくか、問題を読まず前後関係だけで答えを追い求める悪習慣のサイクルに入ってしまいます。保護者の方たちは生徒の目を見ずに毎週行われるテストの偏差値だけを見て判断してしまいます。せっかく良い習慣がついてきても点数にはすぐに現れませんから塾を渡り歩くことになります。

 

悪い習慣を改めるためには点数や偏差値を一旦離れなければなりません。良い習慣を身につけるには、習慣ですからある程度時間がかかります。いったい子どもたちの真の幸福とは何かと考えます。しっかり文章を読み取る正しい習慣を身につけさせてやること、そうすれば後々それが花を咲かせます。

 

こういった習慣や読解力も今注目されている非認知能力のひとつと思っていましたが、新井氏のリーディング・スキル・テストで認知されるようになってきました。

 

4 AIは文章の意味を理解しない

 

人工知能AIはどこまでも論理でプログラムされていると思っていましたが、実際は論理だけでは限界が越せず、論理と確率と統計で解答を当てているそうです。簡単に言うと文章を要素に分け、この言葉とこの言葉があったら、教師データから似たような解答を探してくるという操作です。文章の意味を理解しているわけではなくそれでもある程度の大学入試問題は合格点に達する。

 

文章を文節に分け、係る・係られるの「係り受け解析」と、これ・それといった指示代名詞が何を指すかという「照応解答」はAIでもそこそこの精度を出しているそうです。

 

しかし、2つの異なった文章を読み比べて同じであるか判定する「同義文判定」、文の構造を理解して生活体験や常識、さまざまな知識を総動員して文章の意味を理解する「推論」、文章と図形やグラフを比べて内容が一致しているか認識する「イメージ同定」、国語辞典的な定義や数学的な定義を読んでそれと合致する具体例を認識する「具体例同定」はAIが苦手としているそうです。

 

5 リーディング・スキル・テストでわかる子どもたちの読解力

 

この「係り受け」「照応」「同義文判定」「推論」「イメージ同定」「具体例同定」の6つの分類に従って基礎的読解力テスト、リーディング・スキル・テストが作られ、全国で実施した結果わかったことを以下のように挙げています。

 

・中学校を卒業する段階で、約3割が表層的な読解もできない

・学力中位の高校でも、半数以上が内容理解を要する読解はできない

・進学率100%の進学校でも、内容理解を要する読解問題の正答率は50%強程度である

・読解能力値と進学できる高校の偏差値との相関は極めて高い

・読解能力値は中学生の間は平均的には向上する

・読解能力値は高校では向上していない

・読解能力値と家庭の経済状況には負の相関関係がある

・通塾の有無と読解能力値は無関係

・読書の好き嫌い、科目の得意不得意、1日のスマートフォンの利用時間や学習時間などの自己申告結果と基礎的読解力には相関はない

 

6 デジタル・ドリルでは読解力は身につかない

 

小学生のうちからデジタル・ドリルに励んで勉強した気分になり、テストでいい点数をとってしまうと、読解力が不足していることに気づかず、やがて先生の言っていることも教科書も理解できないという事態になると警鐘を鳴らします。問題を読まずにドリルをこなす能力が、最もAIに代替されやすいと。

 

アクティブ・ラーニングについても「推論」や「具体例」の問題を遥かに超える能力を持っていないと意味のあるアクティブ・ラーニングはできず、実施できる中学校は、少なくとも公立には存在せず、高校でもごく限られた進学校だけだと言っています。

 

7 どうして社会に出ても使わないことを勉強するのか

 

大学入試は学生の能力を測る指標として機能している。三角関数、微分・積分など一部の専門職しか役立ちませんが、それを理解できる能力や公式を憶えて問題を解ける能力は仕事でも汎用性があります。偏差値の高い大学に入学できる学力がある人ほど仕事でも能力を発揮する可能性が高く、大学入試や出身大学が学生のスクリーニングとして使われてきたと言います。

 

8 教科書と独自のテキスト

 

ある公立の中学校では英語の先生が独自の教材を作りそれを使っていました。それは文法中心のものではなくさまざまな文章を採り入れた英検の問題集のようなものでした。これは英語教室に通っているような英語が得意な生徒や英検対策には大変興味深いいい教材だと思いましたが、英文の内容とともに単語や基本文を一つ一つ覚えていく従来の教科書とは違うので、基本単語や基礎的文法を十分に知らない英語が不得意な子や普通の子は伸びないだろうと想像しました。

 

案の定、教科書はほとんど使わないので生徒はテスト対策で何を勉強したら良いかわからず、単語もうろ覚え、文法もしっかりしません。教科書も十分に読めない、意味をしっかりとろうとしない生徒なのですから自分で予習復習などできるはずはありません。自分で自学自習できる生徒を前提として作られているテキストが、果たして「教科書が読めない子どもたち」の多い公立の中学校にふさわしいのかとても疑問に思います。

 

9 なぜ読解力がないのか

 

新井氏は著書の中で『多分、読解力の向上にはダイエットのような簡単な処方箋はないのです』としています。読めない理由の例として次のようなものを挙げています。

 

・ドリルに頼りすぎていた

→ これは文章がほとんどない問題を解いていたから文章を読む習慣がつかなかったということでしょうか。また、同じような問題を繰り返し解くことによって問題自体を読まなくなるということでしょうか。あるいはデジタルで答えを選択すれば反応することに慣れて文章を読まなくなるということでしょうか。どの場合も考えられます。

 

・わからない単語があると飛ばして読んでしまう

→ この習慣が身についてしまって読んでも意味がわからない生徒が多いことに気づきます。わからない単語、漢字、慣用句、ことわざなどをそのままにしておくと、わからなくてもそのままにして読み飛ばす習慣が身につきます。それが当たり前のことになり、読むことは読むが意味を取ろうとしない習慣となってしまっています。

 

・記述に矛盾があっても、活字になっていると信じてしまう

→ 私は生徒たちに文章や人の話は○△□でとらえるように言います。まずは著者の考えをそのまま受け取り理解する、次にその意見に反対の立場で考えてみる、最後にその考え方を別のものに当てはめてみる。仙厓さんを見習ってこれを簡単に○△□と表しましたが、「素直な」生徒の中には、書かれていることや先生の話などはすべて正しいからと意見を批判的にとらえない人がいることに気づきます。

 

10 なぜ意味を読み取ろうとするようになるのか

 

先のリーディング・スキル・テストの結果に「通塾の有無と読解能力値は無関係」とありました。これは一斉授業では当然でしょう。個別授業でも教科のことを教えれば成績が上がるとする大多数の学習塾では考えられる結果です。読解力は伸びません。

 

不思議なことに中学の時正負の数でつまずき成績がなかなか上がらずに落ち込んでいた生徒が、高校生になって微分積分や三角関数、正規分布などの疑問点を積極的に尋ねてきます。高度なややこしい面倒な問題も立ち向かい見事に正解していきます。中学のときの様子とまったく違うのでびっくりします。国語の成績が良くなかった生徒が不得意意識が消えていき、なぜか他の教科も伸びていくこともあります。

 

ではなぜこのような積極性が生まれるのでしょう。

 

一般に授業では、教える側の教師と、教わる側の生徒という上下の立場の違いが生じます。何かにつまずいている生徒は、これを言ったら怒られるのではないか馬鹿にされるのではないかと感じて身構えているものです。普段の生活でも両親や兄弟姉妹、クラスの友達からの目を気にしています。先に示した通りここでは間違っても怒られませんしあまり訂正もされません。しばらくすると周りに対する心のバリアが溶け、間違ってもいい、自由に発言してもいい場ができあがります。すると生徒は自由に発言し始め、どのように考えてどのように間違えているのかの本音が見えてきます。

 

もう一つ、教師と生徒の立場の差を水平近くに縮め、どこでどう考えて間違えているかをとらえるため私自身が生徒と同じ問題を同時に解くようにしました。するとおもしろいことに生徒たちは私より早く解いて勝とうとし始めます。

 

自由な場を作ると、生徒たちはどこまでわがままを通せるか試してくるので、そこをコントロールする匙加減が大切で難しい。そこは経験が物を言います。この自由な場が積極性を生み出している一因でしょう。

 

音読をする場合、そのあとで何が書いてあったか尋ねるようにしています。ただ漫然と読むだけでなく意味をとっているかを確認します。単語、ことわざ、慣用句などについても同様に尋ねます。生徒自身もこの言葉はどういう意味かと気軽に聞き始めます。これを繰り返すことによって意味をとりながら読む習慣が自然と出来上がっていきます。

 

心理学の河合隼雄氏氏の著書は大好きでほとんど読んでいますが、このような場や過程はまるで心理療法や箱庭療法のようです。(実際机の上には積み木が置いてあります。)教師は生徒の今までの勉強不足や理解不足、わがままなどを指摘したいところですがそこをぐっとこらえて待たなければなりません。多くの心的エネルギーを要するのも同じです。

 

このようにして学科の説明や計算方法の説明など表層的なものにとどまらず、深いレベルで生徒と向かい合っていくと、多くの生徒に自発性が生まれ始めます。自発性、積極性こそ文章を読み取ろうとする原動力です。生徒たちはあまりにも自然に変化していきますから気づかないかもしれませんが、以前はうつろだった目が、何かを求める目つき、生き生きとした目つきに変化していくのがわかります。

 

おもしろいことに、お父さんやお母さんが迎えにくると、今まで自由活発に話していたのにさっと顔つきが変わります。家庭での顔も一つのペルソナなのだなと感じます。

 

11 さらなる読解力をつけるために

 

読解力をつける上で非常に効果があると思われるのはパズルや中学入試の算数の問題です。問題文を読んでそれを図に描いて整理するという作業は「イメージ同定」に通じるものでしょう。都立中高一貫校入試問題はさらに「推論」や「具体例同定」などAIには難しいたいへん高度な問題で、学校は育てるというより、もともと高度な能力を持った生徒が選別され集まっているのだとわかります。

 

12 モチベーション

 

生徒と話していて気になったことがあります。その生徒はお父さん、お母さんに今の仕事はおもしろいか尋ねたそうです。するとお父さんもお母さんもまったくおもしろくないと答えたそうです。自分も将来まったくおもしろくない仕事をしなければならないのだと言います。これではモチベーションが上がらないのももっともです。ある高校生は通勤電車に乗る大人たちの目が全員死んでいると表現しました。

 

これからAIがホワイトカラーの仕事の多くを確実に代替していくと新井氏は言います。さらに「死んだ目をした大人たち」が増えていくのでしょうか。そのときAIの苦手とする分野の仕事を見つけなければならない。そのためにも少なくとも書いてあることを正確に読み取る能力は必要だと主張します。『重要なのは中学卒業までに中学校のどの科目の教科書も読むことができ、その内容がはっきりとイメージできるようなリアリティのある子どもに育てることです。』

 

今回、新井紀子氏の「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」を読み、私の授業がどのように生徒の読解力の養成に働きかけているのかを分析できてとても嬉しく思いました。