授業形態とトリックスター (2011年2月)

授業形態には一斉授業と個別授業、家庭教師による授業があります。
それぞれ長所と短所を持っています。
一斉授業ではお互いに競い合って伸びていくという良い面と、レベルに合わない、個別の弱点に集中して取り組めない、大勢の中で質問ができない人がいるなどの弱点があります。
では個別授業や家庭教師による授業がそういった弱点をカバーしてくれるから一番良いかというとそうでもありません。
今度は反対に競う相手がいないために伸び悩んだり、教師と馴れ合いになってさっぱり身につかなっかたり、同じ弱点を指摘され続けて嫌気がさしてしまったりしてしまいます。
教師の力量によってかなり左右され、それを訴えての家庭教師派遣会社とのトラブルもよくご相談を受けます。
ですから一概にどちらの授業形態がベストとは言えないのです。

特に一対一の個別授業ではその生徒の弱点克服がメインとなるため、同じ指摘や訓練の繰り返しとなることがあります。
なぜならその弱点の原因には、生活習慣や考え方の習慣が根底にあるからです。
それらはすぐに克服されるというものではなく、ある程度の期間を要するものです。
そして何よりも生徒自身の自覚と家庭の学習意識や環境が変わらなければ習慣は変えられないものです。
指導者に問題をやらされているという「指示待ち状態」の意識では真の成長がないのです。

では積極的な意識をどのようにして生徒に自覚させるか。
それは内面に関わることなので誰にもできないのです。
指導者にできることは生徒に問題意識を持たせ、ひたすら積極的に待つことではないでしょうか。
この時非常に大事な役割を果たすのがトリックスターです。

トリックスターとは社会の秩序をかき乱すいたずら者のことです。
R・シュトラウスの交響詩「ティル・オイゲンシュピーゲルの愉快ないたずら」でも有名です。
教室でも、また家族の中にも、おどけたり困ったことをしでかすお調子者がいませんか。
実はこういうトリックスターの存在が個人の意識の成長に大きく役立っているのです。
個別の弱点ばかりに集中して行き詰った授業に風穴を開け、新しい見方や考え方をするきっかけを与えてくれるのです。
隣の人に声をかけられないような生徒が声をかけられ、気兼ねなく話すようになる。
無表情の子が喜怒哀楽を安心して表すようになる。
小さな声しか出せなかったのがはっきりと話すようになる。
自分よりバカだと思っていたいたずらっ子が、意外と難しいことを知っていて負けじと奮発するようになる。

実はこういった精神的成長が学力を確実に引き上げてくれます。
勉強の核心は物事に取り組む意識をはっきり持ち、問題解決に積極的に取り組む姿勢を養うことです。
こういった変化をもたらすのは偶然です。
意図してできるようなものではありません。
しかしながらなぜかこういった偶然が起こるのです。
指導者の「積極的な待ち」の意識がなければ生まれないことも確かです。
したがってシーンと静まり返った授業だけが一番良いとは限らないことがわかるでしょう、

しかしトリックスターを野放図にしておくと、教室はメチャクチャになりかねません。
トリックスターは扱い方如何でプラスにもマイナスにもなるのです。
教師の経験と度量で大きく左右されるのがおわかりでしょう。
過去を振り返ってみると多くのトリックスター諸君がいました。
前回のトピックに登場したコイケヤ君、メグ、ヤベーを連発するヤベさん、コンポン、ナミちゃん、ああもうと残念がるアアモウさん、鳥の巣頭のポッポ君、電車のことに妙に詳しい電車男などなど。
何か楽しそうでしょう。
勉強はまた楽しくなくちゃね!

Miyachi-Zemi

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