2003年1月1日朝日新聞 第5面全面広告 岩波書店創業90年
読書は本当におもしろい!本の魅力をもっともっと伝えよう
河合隼雄(臨床心理学者・文化庁長官)

[マクルーハンの予言は当たったか]

 − カナダの文化批評家マクルーハンが「グーテンベルクの銀河系」という本の中で、印刷術の発明以来数百年にわたって培われてきた活字文化の体系は、電子メディアの登場によって、そろそろ終わりになる、そして従来では考えられないような新しい世界が出現するだろうと言いました。1960年の始めのころですね。それからほぼ40年。マクルーハンの予言のうちで、あたっている面とあたっていない面があると思うのですが。

 河合

 当たっている面で言えば、新しいメディアは非常に多機能ですし、映像もいくらでも使えます。ほんとに便利ですね。そして、例えばコンピュータの場合には、私が好きなものを自主的になんでも検索できるわけです。しかし逆に言えば、自分のほしい情報しか出てこない。検索する場合は、知識というものが私の考えている範囲に限定されてくる、なんか小さいんですよ。
  一方、それと違って本の場合には、いわば一つのパーソナリティーにボーンと出会うようなものですね。そのインパクトに対して私はどう立ち向かうか−そこが本の持っている面白いところです。
  私は最近「本を端から端まで読む運動」を起そうと言っているのです。端から端まで読んではじめてわかるものがある。普通は、Aという知識とBとかCという知識とを足して何かができると考えるのだけど、実際はそのあいだでいろいろな要素が作用して人間の心は動いていくわけですから。それから、辞書なんかでも、ある項目を引いたらついすぐその横を読むでしょう、自然にね。そうすると、まったく不思議なことが起こって、新しいことを発見したりする。ですから電子メディアと本とはそうとう異なった機能を持っているのじゃないかという気がしますね。単なる知識を超えたものを本は持っている、そこが本の魅力じゃないかという気がしますね。

 − そういう意味で、読書の面白さと意味を、なるべく多くの人にわかってもらいたいと考えて、岩波書店では「グーテンベルクの森」というシリーズを、発足させたいと考えているところです。
  マクルーハンの本は「グーテンベルクの銀河系」ですが、われわれは「グーテンベルクの森」と言いたいと考えます。本はわれわれの非常に身近なところにあって、人間にとってもっとも必要な酸素を生む森のような存在であり、またあらゆる生命の源としての大洋、海を育むものであるという、そういう比喩的な意味も含めたいと考えたからです。

 河合

 それと、森には何があるかわからんですからね(笑)、変なところにヘビが出てきたりトリが出てきたり。場合によっては、道に迷うことだってあります。そういう体験をすることが、非常に必要なのではないでしょうか。

[読むことは考えること]

 − ところで、最近とくに活字なんかいらないという世代すら生まれているようですが…。

 河合

 そういう人たちは、いつの時代にもある程度いたのじゃないでしょうか。昔でも本を読む人はやっぱり少なかった。ただ、今は本以外に面白いことがあちこちに転がっているから、本の面白さを、まず知ってもらうことが大事です。その味がわかれば、みんな読みますからね。それから、子ども日本を読めと言ったって、これは簡単に読むわけはない。むしろ大人が面白そうに読んでいればいいのです。先生が読んでいたら、親が読んでいたら、子どもも読む。その読む面白さは伝わるわけですよ、それが大事です。
 そして、朝の10分間の読書、あの運動を考えた人は偉いですね。というのは、ぼくは10分間だったら本を読もうとは思わない、なんか他のことをやるだろう。ところが、10分読んでも意味があるということがわかった。だから、大人の場合でも朝の読書運動が必要だとぼくは言っているのです。大人だったらせめて20分。電車に乗っているときとか、どこかで必ず取れますからね。

 − そして朝、子供たち日本を読ませると、荒れている学級でも静かになり、授業がしやすくなる。

 河合

 やっぱり読むということはいかに考えるかということですからね。それから、子供たちのなかには、なかなか適当な本がなくて、親父が呼んでいる釣りの話とか、ゴルフの入門書とかを読んでいる子もいるという話ですが、それでもいいんです。子どもってのは賢いから。それと、子ども同士のコミュニケーションがあります。

[文化的な深さと広さを身につけよう]

 −  江戸時代以来、日本人は教育熱心でした。国土は小さいし、資源は乏しいので、知識で身を立てようとした。明治以後も「西洋に追いつき、追い越せ」戸、つい最近まで、100年ぐらいの刻苦勉励してきました。その結果、日本は、世界有数の経済大国になりました。そこでの大きな武器は、書物を読むことによる知識の吸収だったと思うのです。とすれば、読書は立国の基礎ということにもなりますね。

 河合

 ええ、「文化立国」という言葉もあるぐらいですから。ただ、日本人は「追いつき、追い越せ」と、経済の方へ行き過ぎた。だから仕事が最重要なこととなってしまった。そうすると、あとはパチンコとかカラオケなどのウサ晴らしと軽いエンターテインメントだけが残される。もったいないと思いますよ。読書は面白いんだからもっと本を読んでくれとぼくは言いたいですね。そして日本のビジネスマンはもうちょっとちがう方向へシフトした方がいい。例としてよく挙げるのですが、仕事が非常に良くできて、英語がバリバりの人が、外国へ行って参ってしまうことがある。なぜかというと、食事やパーティのときに話題がない。それでデプレッションになってしまう。
 実際、これから国際競争がさらに激しくなってきたら、いわゆる仕事だけのタイプの人はだめになってくると思いますよ。これからは、仕事を支える文化的な深さと広さみたいなものが、要求されてくるといえるのじゃないですかね。

Miyachi-zemi

TOP

お知らせ 教育方針 入会案内 TOPIC 室長ページ